山梨学院高校の怪物! 菰田陽生投手の魅力に迫る
どうも! 高校野球をこよなく愛する皆さん、元気ですか?
夏の甲子園、毎日熱い戦いが繰り広げられていますね。
今回は、その中でもひときわ輝きを放っている、山梨学院高校の「菰田陽生」投手について、僕の情熱を込めて語らせてください。
彼には本当に夢がありますよ。
彼がマウンドに立つと、球場全体の雰囲気がガラッと変わるんです。
いったいどんな選手なのか、彼の「怪物」っぷりを深掘りしていきましょう。
■目次
菰田陽生(山梨学院)投手wiki|規格外の生い立ち
菰田陽生選手は、千葉県の御宿町で2008年12月21日に生まれました。
まだ16歳という若さで、これからの伸びしろを考えるとワクワクが止まりません。
驚くべきことに、彼は生まれた時から4500グラムもあるビッグベビーだったんです。
まるで将来の体格を予言するかのような、まさに「規格外」のスタートですよね。
お父さんの英典さんは、陽生選手がまだ2歳の頃から「ピッチャーになれ!」と声をかけ続けていたそうです。
その慧眼には脱帽です。
お父さんは彼の成長を細かく見守っていて、幼い頃から身長や体重、そして球速まで、すべてを折れ線グラフで記録し続けてきたんですよ。
こんなにも徹底した育成術があるなんて、本当に頭が下がります。
まるでプロのコーチと選手のような関係ですよね。
お母さんも陽生選手の食事面を支え、毎朝1000キロカロリーを超えるお弁当を用意していたそうです。
これぞ、怪物を作り上げる愛情のこもったサポートだと感じます。
陽生選手には3学年上のお兄さんがいます。
お兄さんの朝陽選手も野球選手で、上武大学で俊足の外野手として活躍しています。
タイプは全く違うけれど、兄弟そろって高い身体能力を持っているんです。
小さい頃は、自宅の庭で「庭先ダービー」と称する兄弟対決を繰り広げていたそうですよ。
想像するだけで楽しそうですよね。
そして、家族のLINEグループでは、お父さんが兄の大学リーグの動画をスロー再生で解析し、それに対して陽生選手が「盗塁よりホームランの方が楽」なんてコメントする、なんていう野球談義が日常的に行われているんです。
家族みんなで野球に情熱を傾ける姿は、本当に素晴らしいと思います。
菰田陽生|球歴
陽生選手は、小学校1年生の時から硬式野球を始めました。
御宿少年野球クラブでプレーした後、九十九里リトルリーグに移り、なんと全国優勝も経験しているんですよ。
中学時代は、御宿中学校に通いながら、硬式野球の名門である千葉西リトルシニアで腕を磨きました。
中学3年生の時にはキャプテンを務め、日本一を決める大会であるジャイアンツカップにも出場しています。
この頃にはすでに身長が190センチを超え、球速も140キロ台に到達していたというから驚きです。
しかし、順風満帆に思えた中学3年の春に、右肘の剥離骨折という大きな怪我を経験しました。
本当に辛かったと思います。
でも、彼はこの困難を乗り越えました。
お父さんと一緒にフォームの見直しや体幹トレーニングに地道に取り組み、半年にわたる投球制限期間を乗り越えたんです。
怪我をしたことで、自分の体と深く向き合う時間になったと語っています。
その結果、怪我をする前よりもさらに高いレベルでプレーできるようになり、高校入学直前には最速145キロを記録するまでに回復したんです。
この精神的な強さが、今の彼の活躍に繋がっているのは間違いありません。
卒業時には、全国の30校以上の強豪高校から誘いがあったそうですが、彼は練習風景を見て「ここが一番いい」と感じた山梨学院高校を選びました。
素晴らしい選択ですよね。
山梨学院では、1年生の春から背番号20番でベンチ入りを果たし、すぐにその才能を発揮します。
春の山梨県大会決勝では、いきなり4番ファーストとしてスタメン出場したんですよ。
1年生の秋には背番号1を背負い、リリーフエースとして関東大会ベスト8進出に貢献しました。
2年生からはエースとしてチームを牽引し、甲子園の舞台でもその存在感を遺憾なく発揮しています。
菰田陽生|球速の最速・球種は?
陽生選手の最大の魅力は、やはりその規格外の球速と、長身から投げ下ろされる角度のあるストレートでしょう。
高校2年生の春、センバツ甲子園で自己最速となる152キロをマークしました。
これは、選抜大会の2年生投手としては、あの安楽選手や織田選手に並ぶ歴代最速タイの記録なんです。
しかも、中学卒業時には136キロだった球速が、わずか1年で16キロもアップしたというから、その成長曲線には目を見張るものがあります。
彼の目標は、高校3年生の夏に160キロを出すことだと言います。
僕もその夢を心から応援していますよ。
投げる球種は、最速152キロのストレートを軸に、キレのあるスライダー、鋭く落ちるフォーク、そしてツーシームを操ります。
特に印象的なのは、ストレートの質です。
打者の手元で強く伸び上がり、空振りを奪えるのが彼の直球の真骨頂だと感じます。
ある試合では、45球中44球がストレートで、11個のアウトをすべて三振で奪ったというエピソードもあります。
まさに剛腕ですよね。
しかし、彼自身は変化球が課題だと語っています。
「真っすぐの球速が上がってきた分、それに見合う変化球も大事なので、磨いていきたい」と向上心に満ち溢れています。
これからの彼の進化が楽しみでなりません。
投球フォームにもこだわりがあり、セットポジションから膝を引き上げ重心を下げ、着地を早めに、肘を使った腕の振りで投げ下ろすという独特のスタイルを持っています。
高いリリースポイントからボールに力を伝えることを意識しているそうですよ。
菰田陽生|ドラフト評価は?
菰田陽生選手は、2026年のドラフト会議で上位指名が期待される超目玉候補として、すでに多くのプロ球団から熱い視線を浴びています。
DeNAの永池恭男スカウトは、彼のことを「スケールの大きい選手」と高く評価し、「スイングスピードが速くなって、より打球が飛ぶでしょうね。楽しみな選手です」とコメントしていました。
ヤクルトの橿渕スカウトグループデスクも「二刀流としてスケールが大きい」と彼のポテンシャルに期待を寄せています。
一方で、ソフトバンクの永井智浩スカウト部部長は「体が大きいせいか、動きがちょっと鈍い」と指摘しつつも、「大化けする可能性があるから、目の離せない存在」だと語っています。
これは、彼がまだ発展途上であり、とてつもない伸びしろを秘めている証拠だと僕は信じています。
あるスカウトは、「194センチの長身を生かした投球の角度と直球の質がいい」と彼の投球を絶賛していました。
現時点でも完成度は非常に高く、プロの舞台でどこまで通用するのか、そしてどこまで「怪物」に化けるのか、期待は高まるばかりです。
打者としても、高校通算で25本塁打を放っており、木製バットでも推定140メートル級の打球を飛ばすパワーを持っています。
投打両面でチームに貢献できる彼の存在は、まさに「高校野球界の二刀流」と呼ぶにふさわしいでしょう。
山梨学院の吉田洸二監督も、「今村猛に次ぐポテンシャル。身体的には菰田の方が上」と太鼓判を押しています。
彼の体格や投打のバランス、そして高い向上心は、プロの世界でも大いに通用すると確信しています。
菰田陽生|甲子園での活躍
彼の甲子園での活躍は、僕たちの記憶に強く刻まれています。
2025年春のセンバツ大会では、西日本短大付戦で4番手としてマウンドに上がり、5回に152キロを連発しました。
聖地でその剛球が披露された時、スタンドからは大きなどよめきが起こりました。
さらに、シート打撃では中越え二塁打を放つなど、打者としての非凡な才能も示していましたね。
そして、今夏の甲子園。
甲子園練習では、20分という限られた時間の中で、投手としてのフィールディング練習から一塁手としてのノック、ブルペンでの投球練習、そして最後は実際のマウンドで7球の直球を投げ込むという、慌ただしい「二刀流演習」をこなしていました。
本当に野球漬けの毎日を送っているんですね。
彼は「春とは違う雰囲気の中で投げられたのは良い経験。試合に向けて調整したい」と語っていました。
8月12日に行われた聖光学院との2回戦では、先発のマウンドに上がりました。
6回まで無安打無失点の快投を見せ、スタンドの期待は最高潮に達しました。
最速は146キロと、全力ではなかったのかもしれませんが、それでも十分な威力でした。
しかし、7回に先頭打者に初安打を許し、ワイルドピッチとタイムリーで同点に追いつかれ、惜しくもマウンドを降りました。
6回1/3を投げて2安打1失点、1奪三振という結果でしたが、その後に一塁手として出場し、軽快な守備を見せてチームの逆転勝利に貢献したんです。
チームは9年ぶりとなる夏の甲子園での1勝を挙げ、初の3回戦進出を果たしました。
まとめ
僕としては、マウンドを降りたのは残念でしたが、すぐに一塁の守備に回ってチームを支える姿に、彼の二刀流としての真価を見た気がしました。
これからの彼の野球人生がどんな物語を紡いでいくのか、僕は一ファンとして、ただただ期待に胸を膨らませています。
皆さんもぜひ、菰田陽生選手のこれからの活躍に注目してくださいね!