皆さん、こんにちは!
最近ネットで「大鶴佐助」さんの名前をよく見かけるんですけど、彼の家族関係がめちゃくちゃ豪華で、思わず深掘りしちゃいました!
だって、あの演劇界のレジェンドが父親で、異母兄も有名な俳優さんって、もうそれだけでドラマですよね。
というわけで、今回は大鶴佐助さんの魅力的な家族について、僕が調べて気になったことを熱量高めでお届けしちゃいます!
大鶴佐助さんのプロフィールがヤバい!
まずは、大鶴佐助さんご本人のことから語らせてください。
彼は1993年11月14日生まれの30歳(2024年5月時点)で、俳優として活躍しているんです。
本名も「大靏 佐助」で、所属事務所はTENT。
しかも、彼、劇団ヒトハダの座長まで務めているんですよ。
僕が12歳の頃なんて、ゲームばっかりしてましたけど、彼は2005年に映画『ガラスの使徒』でデビューしたっていうから、もう格が違いますよね。
まさに「演劇界のサラブレッド」っていう表現がぴったりで、めちゃくちゃ納得です。
高校時代からNHKのドラマに出演していた異母兄の義丹さんと同じく、佐助さんも姉の美仁音さんも、みんな日本大学芸術学部で学んでいるんですよね。
僕の大学生活とは全然違うんだろうなぁ、って想像しちゃいます。
最近だと、彼のお父様が亡くなられた時も、悲しみに浸る間もなく舞台の稽古に参加していたそうで、そのプロ意識には頭が下がります。
「父は、もう演劇しかない人でしたね。学んだこと?学んだというより、生き様を学ばせてもらった」っていう佐助さんの言葉、胸に刺さりました。
顔立ちも父親にそっくりって言われてるらしいので、ぜひ舞台でその「生き様」を受け継いだ演技を見てみたい!
気になる!大鶴佐助さんの母親はどんな人?
さて、ここがまた面白いポイントなんですけど、大鶴佐助さんのお母さんは、唐十郎さんの二人目の奥様である萩原美和子さんなんです。
フリーのメーキャップアーティストさんだそうで、もしかしたら劇団関係者なんじゃないかって言われているんですよね。
唐十郎さんって本当に演劇に没頭していた方だから、その生き方を理解してくれる人じゃないと、夫婦としてやっていくのは難しいだろうなって個人的には思います。
ちなみに、唐十郎さんの最初のお相手は、在日韓国人俳優で舞台女優の李麗仙さんなんですけど、彼女とは1988年に離婚されているんですよ。
萩原美和子さんは、唐十郎さんの告別式で喪主を務められたそうです。
娘さんの美仁音さんが、お母さんがロシアのフィギュアスケートのコーチ、エテリ・トゥトベリーゼさんに似ているってツイートしていたんです。
エテリコーチって、金髪ウェーブのロングヘアで、ちょっと魔女っぽい雰囲気の美人さんですよね。
美和子さんも目鼻立ちがはっきりした美人さんなんだろうなって、勝手に想像してドキドキしちゃいました!
美仁音さんのツイートによると、お母さんは「相変わらず気が強い」「絶対鬼の化身」とも表現されていて、エテリコーチのように厳しい方なのかなって思っちゃいます。
でも、ガリガリ君のレモン味を全部食べちゃって爆笑したり、消臭剤代わりにパクチーの根っこをトイレに置いちゃったりっていうエピソードもあって、めちゃくちゃユニークな方なんですよね。
厳しさの中にも愉快さがあって、家族仲も良さそうっていうのが、すごく伝わってきました。
舞台で共演も!大鶴佐助さんの素敵な姉、大鶴美仁音さん
大鶴佐助さんには、2歳年上のお姉さんがいるんですよ。
その名も大鶴美仁音(おおつる みにおん)さん!
読み方がユニークで、僕も最初に聞いた時は、あの黄色いバナナの宇宙人キャラクターを思い浮かべちゃいました(笑)。
でも、実際はドイツの詩人ゲーテの詩に登場する少女「ミニヨン」に当て字をした本名なんだそうです。
すごくおしゃれで、さすが演劇一家ですよね!
美仁音さんも舞台女優として活躍していて、お父様の劇団「唐組」に所属しています。
佐助さんと同じく、日本大学芸術学部の演劇学科出身だっていうから、本当に兄弟揃って演劇の道を進んでいることに感動します。
特に印象的だったのは、コロナ禍に佐助さんと二人芝居『いかけしごむ』をオンラインで上演していたこと。
姉弟で舞台に立つって、本当に素敵なことだなって思います。
お父様の告別式では、佐助さんと一緒に遺影を持たれていて、家族の絆の深さを感じました。
異母兄弟だけど関係良好!大鶴義丹さんとの深い絆
大鶴佐助さんの異母兄、といえば、あの俳優で小説家、映画監督、タレントとしても活躍されている大鶴義丹さんです。
お二人はお母様が違う異母兄弟なんですが、年齢差がなんと25歳もあるんですよ!
佐助さんにとっては、義丹さんが兄というよりも、歳の離れた叔父さんみたいな感覚なのかもしれませんね。
義丹さんのお母様は李麗仙さんで、佐助さんのお母様は萩原美和子さんですから、血の繋がりって複雑だなって改めて感じます。
でも、お二人の関係はとっても良好なんです。
義丹さんの昔のブログに「高2と中2の、妹と弟にお年玉を渡しに、父親の家に向かい中」っていう投稿があったそうで、家族が集まるお正月に年の離れた兄弟にお年玉をあげに行くなんて、めちゃくちゃいい兄貴じゃないですか!
僕も弟がいるんですけど、そんな素敵なこと、ちゃんとできてるかなって反省しちゃいました(笑)。
佐助さんが演劇の道に進んでからは、義丹さんが楽屋に「暖簾」を送るっていう、これまた粋な計らいをしているんだとか。
親が離婚しても、子供たちが何かしらの縁を感じて、こんなにも良い関係を築いているって、本当に素敵な話だなって心から思います。
アングラ演劇の巨星!大鶴佐助さんの偉大な父親、唐十郎さん
そして最後に、大鶴佐助さんの偉大なる父親、唐十郎さんについて触れておきましょう。
彼は日本の劇作家、演出家、俳優として、そして芥川賞作家として、その名を演劇界に深く刻んだ巨星です。
本名は大靏義英(おおつる よしひで)さん。
2024年5月4日、急性硬膜下血腫のため84歳で亡くなられたことは、本当に日本の演劇界にとって大きな損失でした。
自宅で転倒されたと聞いて、すごく心配になったのを覚えています。
唐十郎さんといえば、「アングラ演劇の始祖」とも呼ばれていて、赤いテントで全国を巡業する「状況劇場」を主宰していました。
彼の告別式では、その象徴である「紅テント」を思わせる真っ赤な棺が用意されたそうで、最後まで「唐十郎」らしかったんだろうなって想像すると、胸が熱くなります。
戒名も「大興院唐演日義居士(だいこういんとうえんにちぎこじ)」と、彼の演劇人としての功績が讃えられているんですよね。
「佐川君からの手紙」で芥川賞を受賞したり、大学の客員教授を務めたりと、本当に多才な方でした。
明治大学での講義では、教室にテントを張ったり、床を這いつくばって登壇したりと、まさに「実験的」な講義をされていたとか。
それもまた、唐十郎さんらしくて最高に面白いですよね!
大鶴佐助さんの「生き様を学ばせてもらった」という言葉は、そんな偉大な父親の背中をずっと見てきたからこそ出てくる重みのある言葉だなって感じました。
彼の血筋が脈々と受け継がれていくことを、これからも楽しみに応援していきたいです!
まとめ
今回の記事で、大鶴佐助さんという俳優の魅力と、彼の家族のユニークで温かい関係性が少しでも伝わっていたら嬉しいです。
また何か面白い話題を見つけたら、僕のブログで熱く語らせてくださいね!
それでは!